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広島高等裁判所 昭和50年(う)206号 判決 1976年3月29日

主文

被告人高橋典士の控訴を棄却する。

原判決中被告人応野丙雨に関する部分を破棄する。

被告人応野丙雨を懲役一年六月に処する。

被告人応野丙雨に対し原審における未決勾留日数中八〇日を右刑に算入する。

被告人応野丙雨に対しこの裁判確定の日から四年間右刑の執行を猶予する。

原審における訴訟費用は全部被告人応野丙雨の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は被告人高橋典士につき弁護人新井照雄作成の控訴趣意書、また被告人応野丙雨につき弁護人森山喜六、同泰清各作成の各控訴趣意書各記載のとおりであり、被告人応野丙雨の弁護人両名の控訴趣意に対する答弁は広島高等検察庁検察官杉本欽也作成の答弁書記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。

弁護人森山喜六、同秦清の控訴趣意中、事実誤認の主張について

両弁護人の論旨は、要するに、原判決は被告人応野丙雨が相被告人高橋典士、原審相被告人井上節雄の両名と交通事故を偽装して故意に受傷し、保険金を騙取しようと共謀のうえ、右井上が運転し被告人応野及び右高橋の同乗する普通乗用自動車後部に、原審相被告人枝松等をして同人が運転する普通貨物自動車前部を故意に追突させ、右事故により右高橋、井上及び被告人応野がいずれも外傷性頸椎症等の傷害を受けたとしてそれぞれ病院または医院に入院したうえ、右高橋、井上及び被告人応野において、それぞれ傷害特約付第二種特別養老保険契約等の保険契約に基づき保険金の支払を請求して傷害保険金名下に現金を交付させるなどしてこれを騙取したり財産上不法の利益をえ、また、金員騙取の目的を遂げなかつた旨認め被告人応野につきいずれも有罪の認定をしているが、同被告人は右高橋、井上と交通事故を偽装して故意に受傷し、保険金を騙取しようと共謀したことはなく、しかも、右両名が右のような保険金騙取を企図していることを全く知らないで、たまたま井上運転の普通乗用自動車に同乗中、追突事故により受傷したものであり、同被告人がした保険金請求はいずれも正当なもので、同被告人に金員騙取の故意はなく、すべて無罪である。仮に、本件のうち被告人応野がした保険金請求部分につき同被告人に詐欺、同未遂罪が成立するとしても、右高橋、井上がした保険金請求部分については、同被告人と右高橋、井上との間に事前にその保険の種類、金額、取得後の分配等につき何らの共謀もなく同被告人の全く関知しないところであるから同被告人は右部分につき無罪である。原判決は右諸点で事実を誤認したものといえる、というのである。

そこで、所論にかんがみ記録を精査し、当審における事実取調の結果をも参酌して検討するに、原判決挙示の各関係証拠によれば原判示各事実を認めるに十分で、他に右認定を左右するに足る証拠はない。まず、所論は、被告人応野は右高橋らと交通事故を偽装して故意に受傷し、保険金を騙取しようと共謀したことはないと主張する。しかし、原判決挙示の各関係証拠によれば、被告人応野丙雨は昭和四九年三月上旬ころ、相被告人高橋典士から交通事故を偽装して故意に受傷し、保険金を騙取しようと再三誘いを受けて、当初躊躇していた被告人応野も結局これに賛同するとともに、その際、右高橋から右偽装事故の加害自動車運転手に支払う報酬として金二五万円を借してくれとの依頼をも承諾したうえ、同月一一日広島信用金庫府中支店から借受けた現金二五万円を右高橋に手交したが、同日中に右高橋から被告人応野に対し翌一二日午前中に右偽装事故を決行する旨の連絡があり、被告人応野は本件当日午前一〇時ころ右計画実行のため広島市三篠町広島トヨペツト付近で既に右高橋の乗車していた原審相被告人井上節雄運転のタクシーに同乗して同市横川新町キヤバレーホノルル付近に至つたものの、その時は原審相被告人枝松等がその運転する普通貨物自動車に助手一名を同乗させていたため偽装事故を起こすことができず、右枝松を加えた四名で同市中広町喫茶店モアに赴き、同店内で高橋と井上の両名が仮装事故を同日午後に決行することを確かめ合つたうえ、同喫茶店付近から井上運転のタクシーに全員同乗して同市昭和町喫茶店マキ付近に行き、まず枝松が降車し、続いて高橋がその付近で降車したが、その際、高橋から被告人応野と井上の両名に対し仮装事故を今日午後決行するので午後二時ころ喫茶店フアニーに来てくれと指示し、被告人応野および井上の両名においてこれを承諾し、さらに、被告人応野は井上運転のタクシーで同市江波東町沢崎産婦人科医院近くまで送つて貰い、同日午前一一時二五分ころ同タクシーから下車し、付近の知人、近藤和雄方まで歩いて同日午前一一時三〇分ころ同人宅に着き、その後、同人と共に広島相互銀行舟入支店に赴いたり、さらに同市南観音町所在の知人、中嶋良〓方を訪ねたりした後、同日午後二時ころ同市昭和町所在の喫茶店フアニーに赴いたところ、井上も来店したので同人と「こんなことをして大丈夫だろうか。」などと本件仮装事故の決行を懸念し、むしろこれを取止めた方がよい旨を話し合ううち、やがて高橋が同店に現われ、被告人応野、井上の両名において高橋に対し右偽装事故計画の中止方をすすめたが、同人は全くこれを受付けず、同人にせき立てられて被告人応野は高橋と共に井上運転のタクシーに同乗したものであり、以後同タクシーは高橋の指示に従い進行して本件事故現場である同市観音本町一丁目二〇番三号先路上に至り、同所で枝松運転の普通貨物自動車をして故意に追突させたものであることを認めるに十分であり、右認定事実によれば、被告人応野は相被告人高橋典士、原審相被告人井上節雄の両名と交通事故を偽装して故意に受傷し、保険金を騙取しようとたがいに意思を相通じ共謀したものであることは明白なものといえる。そして、相被告人高橋典士、原審相被告人井上節雄、同枝松等の各供述中、被告人応野に関する部分はいずれも十分信用するに足るものであること、また、前記認定に反する被告人応野の司法警察員、検察官に対する各供述調書記載、原審公判廷における各供述記載及び原審証人近藤和雄、同中嶋良〓の各供述記載中、特に時間の点に関する供述部分等はいずれも到底措信しがたいところであることは原判決(判示第一、第二の一の詐欺罪に関する争点に対する判断)一、偽装事故につき被告人応野の共謀を認めた理由記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。次に、所論は、高橋、井上がした保険金請求部分については被告人応野に詐欺、同未遂罪は成立しないと主張する。原判決挙示の各関係証拠によると、被告人応野と相被告人高橋、同高橋と原審相被告人井上とはいずれも本件犯行前から親交の間柄であり、また、被告人応野と右井上とは本件犯行当日まで格別親交はなかつたものの、たがいに面識はあつたものであり、被告人応野ら三名が本件仮装事故により保険金を騙取しようと企図、共謀した際には、被告人応野ら三名はいずれもたがいにタクシー運転者としてかなりの高額の、かつ数種に及ぶ交通事故に関する傷害保険等の保険契約を締結していることを十分知りつくしたうえ、たがいに暗黙裡に仮装事故後は各人においてそれぞれの加入している保険金等を請求し、これを当該人において取得、騙取するものであることを相互に十分了解、認識したうえで、ともに一体となつて実行する意図のもとに本件犯行に及んだものであることが十分推認されるところであるから、被告人応野につき右高橋、井上の騙取金ないし騙取未遂分についても共謀共同正犯として詐欺、同未遂罪の成立することは明らかなものというべく、右犯罪の成立については、さらに、被告人応野、高橋、井上の共犯者間において事前に他の共犯者の加入している保険の種類、金額等についてまで具体的認識を必要とするものとは解せられず、右保険の種類等に関する具体的認識の欠如することは、何ら右認定の妨げとならないものというべきである。以上、原判決に所論のごとき事実誤認の違法はない。論旨は理由がない。

弁護人新井照雄の控訴趣意並びに弁護人森山喜六、同秦清の控訴趣意中、量刑不当の主張について

各弁護人の論旨は、被告人両名につき原判決の量刑は重きにすぎて不当である、というのである。

そこで、所論にかんがみ記録を精査し、当審における事実取調の結果をも参酌して検討するに、本件は、被告人両名が原審相被告人井上節雄と共謀のうえ、三名ともタクシー運転者として各種傷害保証付養老保険等に加入しているのを奇貨として交通事故を偽装して故意に受傷し、保険金名下に金員を騙取しようと企て、被告人両名が乗車し右井上の運転するタクシー(普通乗用自動車)後部に、原審相被告人枝松等をしてその運転する普通貨物自動車前部を故意に追突させ、右事故により被告人両名及び右井上がそれぞれ外傷性頸椎症等の傷害を受けたとして、いずれも病院等に入院したうえ、かねて加入中の傷害特約付第二種特別養老保険契約等に基づき入院治療費、休業補償、慰藉料等にかかる保険金の各支払を請求し、被告人高橋において傷害保険金名下に現金二二万〇、五〇〇円を交付させてこれを騙取したほか、他の四回の請求分合計九七万一、二一一円については金員騙取の目的を遂げず、また、被告人応野において保険金支払名下に二回にわたり合計金三五万五、五〇〇円を自己の普通預金口座に振込入金させて財産上不法の利益をえたほか、他の五回の請求分合計一六二万八、〇五六円については金員騙取の目的を遂げず、さらに、右井上において二回にわたる請求分合計五七万七、八〇〇円については金員騙取の目的を遂げなかつたというものであるが、その犯行の罪質、動機、態様、回数、金額、前後の事情等に徴し犯情悪質というべきである。

そして、特に、被告人高橋は本件保険金詐欺につきその発案、計画、共犯者応野、井上の本件犯行への勧誘、加害自動車運転者の確保、仮装交通事故の実行等に関し終始主導的役割を果たしたもので、その刑責は本件共犯者中最も重いといわざるをえないところであり、同被告人には道交法関係による多数の罰金刑はあるものの他に刑事上の処罰を受けたことのないこと、同被告人において取得した騙取金員についてはその被害賠償を済ませたことなど所論指摘の同被告人に有利な諸事情を

十分斟酌しても、原判決の量刑はやむをえないところで重きにすぎ不当であるとも認めがたい。論旨は理由がない。

よつて、被告人高橋につき刑事訴訟法三九六条に則り本件控訴を棄却し、当審における訴訟費用については同法一八一条一項但書によりその全部を同被告人に負担させないこととする。

次に、被告人応野は相被告人高橋から誘引されたものとはいえ、本件に荷担し加害自動車運転者への謝礼金三〇万円の内金二五万円を支出したほか、前記のとおり同被告人自身において保険金支払名下に二回にわたり合計三五万余円の財産上不法の利益をえ、また、五回に及び合計約一六三万円の保険金騙取についてはその目的を遂げなかつたというもので、その刑責は決して軽視しがたいものといわざるをえないけれども、他方、同被告人には昭和三六年までに道交法関係等で罰金に処せられたほか刑事上の処罰を受けた前歴はなく、本件も前記のとおり高橋から誘われて荷担することとなつたが、本件仮装事故の実行直前までその実行の中止を求めるなど、かなり消極的態度を示していたものであり、さらに、原判決後とはいえ、同被告人は本件犯行により同被告人が騙取した金員全額を被害者に返済し、また同被告人に関する本件入院治療費を完済して被害賠賞に誠意を示していることのほか同被告人の年令、生活状態、家庭環境など諸般の事情をも合わせ考量するときは、結局、原判決はその刑の執行を猶予しなかつた点で量刑重きに帰し、これを破棄しなければ明らかに正義に反するものと認めざるをえない。論旨は理由がある。

よつて、刑事訴訟法三九七条二項により原判決中被告人応野丙雨に関する部分を破棄することとし、同法四〇〇条但書により直ちに判決する。

原判決が確定した事実に法令を適用すると、被告人応野丙雨の原判示第一の各所為中、一の1は刑法六〇条、二四六条一項に、二の1及び2はいずれも同法六〇条、二四六条二項に、一の2ないし5、二の3ないし7、三の1及び2はいずれも同法六〇条、二五〇条、二四六条一項にそれぞれ該当するところ、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により犯情の最も重い原判示第一の一の1の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で同被告人を懲役一年六月に処し、同法二一条を適用して原審における未決勾留日数中八〇日を右刑に算入し、前記情状により同法二五条一項を適用しこの裁判確定の日から四年間右刑の執行を猶予し、原審における訴訟費用については刑事訴訟法一八一条一項本文によりその全部を同被告人に負担させることとする。

よつて、主文のとおり判決する。

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